カラー診断を始めたきっかけ

【田舎町引きこもり→フォロワー1万人】カラー診断を仕事にするまで

やりがいのある好きだった仕事を辞め
結婚して広島の田舎町へ引っ越した

5年前、結婚して夫の勤務先に引っ越すことになり
好きだった大阪の化粧品メーカーの商品企画の仕事を辞めた。

28歳で「これから」という時だった。

どんな事も経験だと自分に言い聞かせて
縁もゆかりもない山と綺麗な川に囲まれた田舎町に引っ越した。

地元までバス5時間+JR電車で
行かなければならないほど遠い場所。

好きだった地元も、家族も、友達も
1日の大半というか
人生の大半を費やしていた仕事も
自分の生活の全てがリセットされて
自分の人生じゃない感覚だった。

川と山に囲まれたのどかな街だったが
コンビニが徒歩5分以内に4件あるような
ゴチャゴチャした所で育った自分には
なかなか馴染めなかった。

自然に囲まれたのどかな街は
虫が多くて
車がスリップする事故が起こるほどだった。

住み始めて一ヶ月で
結婚して自分の人生が壊れたとさえ感じるようになり
家は社宅で選べず、
網戸を閉めていてもカメムシ達がどこからともなく入ってきた。
網戸には見た事の無い虫たちが貼り付いていた。

お風呂に浮いていたり
タオルから出てきたり
フライパンの柄に乗っていたり。

窓にはヤモリがたくさんついていた。
一日中行く所もなく
家にも居たく無いが、外にも出たくない。
どこに行けば良いか分からない。
何をすれば良いか分からない。

夫の帰宅は夜遅く週に3回は飲み会。
終電などないので夜中3時頃になったり
土日は接待ゴルフで居ない。

私が夫の仕事の都合で
自分の大切なもの全てを手放してきたのに
そこにいる理由が分からなくなった。

日中アパートの廊下を掃除しても
翌朝には山盛りの虫が絨毯になっていて
せめて家を自分達で選ぼうと言ったら
夫の両親に大反対されてしまい
(会社の上司も同じ所に住んでいるのだから!と)

全額自己負担でも社宅を出たかったですが
それも叶わず…。

お風呂上がりにタオルからカメムシが出てきた時
フライパンにカメムシが乗っていた時
夜アパートの廊下のライトに虫が集まり柱になり
外に出ようとドアを開けて
すぐに閉めても蛾が必ず入ってくる時

社宅の埃や花粉や
ストレスが原因なのか
手や目の周りの皮膚が荒れ
ステロイドの塗り薬を使うように。

話す人がいなくて
やる事がなくて
誰からも必要とされていなくて。

 

「あ、このままじゃ私、旦那さんの人生に飲み込まれるな」
と思いました。

 

そんな生活に
「もう無理だ」「変えないと」と思った。

このネット社会で
PCもスマホもある時代に
一人で孤独で仕方なかった。

夫の転勤がある事はわかっていたが
自分の生きがいとなる「仕事」が必要。

結婚しても夫の人生ではなく
「私の人生」がある。

場所を選ばず働ける事。
住む場所を選べるくらい自身の収入がある事。

夫の仕事に縛られず自分で選んだ場所に住み
自分で選択できるパワーを持つ事。
自立する事。

必ずしようと思った。

「えりこは働いている方が
イキイキと輝いてる」

毎日やりがいを見出せず
家に篭っては
テレビを付けてみたり
話しのネタも無く
ぼんやりして覇気のない私に
夫は言った。

言わせてもらうが
私だってこんな
毎日パジャマで生活する
パジャマ廃人になるつもりはなかったのだ。

 

 

そこから私は
「自分の得意な事」
「好きな事」
「必要とされる事」を
毎日毎日ノートに書き出した。

その時は外に出るのが怖くなっていて
ペーパードライバーだったが
車に乗り運転し
最も近くのマクドナルドに毎日通った。

何ができて何が好きか。

当たり前に知っているようで
分からなかった。

 

日々やる事のない私が
深掘りし続けて発見したのは
数年前に受けて感銘を受けた
似合う色を見つけるカラー診断だった。

 

思い出した。

 

診断を受けるまでは似合うリップも
チークもファンデも眉カラーも
ヘアカラーも服色も何もかもが
分からなかったのだ。

 

そこからは
過去の自分と同じ悩みを持つ人に向けて
Instagramで発信を始めた。

3年前の私に教えてあげたかった事。
知っていたら違ったのにと後悔した事。
これだけはやってみて!というノウハウ。

フォロワーさんが1万人になった時。
「私、できるやん」
「ちゃんと、届いてるよね」
「人の為になれてるよ」
と思えた。

 

フォロワーさんの「診断して欲しい」のお声から
診断を始めた。

 

そうしてスタートした仕事は
今年で5年目になる。

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